同慶寺について

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小高山 同慶寺の歴史

 

同慶寺は、1213(建保元)年、明岩和尚が小高山大林寺として創建したのが始まりとされます。1496(明応5)年、奥州相馬氏13代相馬盛胤候は三春城下の曹洞宗天沢寺の遠山祖久和尚を招き、先祖や家臣の供養をしました。この時、同慶寺と改称するとともに、天台宗から曹洞宗に改宗しました。

江戸時代以後は相馬氏の菩提寺となり、21代昌胤と23代尊胤を除く16代義胤から27代益胤までの相馬氏当主とその夫人など一族が葬られています。中でも、伊達氏と戦乱を重ねていた16代義胤は甲冑をまとい、北方の伊達氏が収める仙台領に向って、立ったまま葬られたと伝えられています。

墓地には2代中村藩主義胤を弔った墓堂のほか、大きな五輪塔が整然と立ち並んでおり、大名家の墓地としての風格を備えており、江戸時代を通じて国替えのなかった相馬家の歴史を物語るともいえるでしょう。このような近世大名家の墓地は、地域の歴史として重要であることから、市指定史跡に指定されています。

また、墓地前に位置する霊堂には相馬氏一族の位牌のほか、「大名婚礼調度等」として県指定文化財に指定されている相馬氏ゆかりの工芸品が多く収められています。

  

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